神戸 宇治川音楽祭 [106]

今年も宇治川音楽祭 2019に出演します。「どうして神戸なのに宇治川音楽祭なんですか?」とよく聞かれます。私の推測では、平安末期に平清盛は都を京都から神戸へ移します。その時に孫の安徳天皇を京都から神戸にお連れして、弟の平頼盛の別荘を仮り住まいとしました。それから神戸は半年間、福原京として日本の都でありました。ですから福原京の中心地だった皇居(現在の荒田八幡神社)近辺には祇園神社(平清盛の山荘だった場所)があったり、京都になごりのある地名の場所があります。平安京をモデルに福原京を整備したのではないでしょうか? 皇居(荒田八幡神社)の東を流れる川を「宇治川」に命名したのだと思います。今回の記事を書くにあたって祇園神社は京都の八坂神社より素盞嗚尊の分霊を祇園神社に遷宮されたのだろうと思っていましたが、調べていくうちに姫路の広峰神社の牛頭天王(素盞嗚尊の仏教での神名)を京都の東光寺に勧請する際に、神輿が祇園神社のある平野の地で一泊したことにちなんで祇園神社が創建されたことを知りました。広峰神社から東光寺に勧請された牛頭天王の分霊は、のちに八坂の地に遷宮され「祇園感神院」(現在の八坂神社)となったみたいですが、それを八坂神社は広峰神社を祇園神の本社とする主張を否定しているそうなのです。今後もっと素盞嗚尊(牛頭天王)様の情報収集に励みたいと思います。

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