サポート・ベーシストになる [120]

ELFKET結成 [115] の続きです。ドラムのK君は大学の受験勉強をするためにエルフケットを抜けました。その後ドラマーに恵まれなくてELFKETは活動ができなくなりました。ギタリストのA君はギター売って、サーフボードに買い換えたと噂に聞きました。私は色々なバンドからオファーがあり、8.8 ロックディの地区予選に音楽仲間のM君が出場するというので、4つのバンドからメンバーを集めたバンドに参加したり、また高校の文化祭に参加するためのバンドのサポート・ベーシストとして音楽活動を続けていました。大きなギグは、吉田拓郎の友人でフォーライフ・レコードにいた人が大阪に引っ越して来ました。その人の主催で大阪 森之宮の青少年会館でコンサートを開催するとのことで、T君のお兄さんの仲間がコンサートのスタッフをしていました。そのコンサートに出演するために近畿大学のレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ好きのギタリストがバンドを結成するとのことで、私と後輩のドラマーのH君が誘われました。H君のドラミングはファンキーでかなりの腕前でした。また私にスタンリー・クラークのアルバム「スクール・ディズ」を貸してくれました。当時クロスオヴァーが流行だした頃でスタンリー・クラークのベースは衝撃でした。ベースでギターのように弾きまくるのです。アルファッソ・ジョンソン、ルイス・ジョンソン等のスラップベースが主流になりだした頃でした。私はまだ高校生でしたが、大学生、社会人のミュージシャンとつるんでいましたから、学校にも行かずに音楽三昧の生活を送っていました。1977年ごろの話です。

続きは、まだの機会に!

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